バリ島
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バリ島2001年2月23日から3月5日

基本事項

滞在中の為替レート1円=83Rp(ルピア)。1US$=9550Rpしたがって1Rpは0.012円

感想

インターネットカフェが非常に多く、滞在したクタやウブドではいたるところにあった。1分250から300Rpの使用料ただしたぶん28.8kbpsの低速。64kbpsと書いてあるところは1分500Rp.インターネットエクスプローラーは日本語バージョンで漢字フォントもあり日本のホームページも問題無くみれた。しかしほとんどは観光客用だろう。欧米人がメールを打っていた。

ケチャダンス

滞在

クタビーチでサーフィンをしたり泳いだりで3日間。ウブドで美術館、寺院、島の東部全体見学などで6日間いた。夜はほぼ毎晩レゴンダンスやケチャダンス、ガボールダンスの鑑賞。過去2回はスキューバダイビングやラフティングなどスポーツ中心だったので今回は芸能や文化をみるのが主目的。2月28日がちょうどガルンガンというバリ独特の暦、ウク暦にもとづく210日ごとに来るお盆のような祭日であった。その日は朝、5時から東部のさまざまなところをみてまわった。

バリ島名物の割れ門、ここはブサキ寺院。寺院エリアでは足をかくさなければならないのでパサールで腰巻を買って持っていった。

物価

過去に1991年と1995年に行ったが91年からみると6倍。1997年の東南アジア通貨危機で大幅にルピアが下落したためと考えられる。91年に友人とふたりで豪勢な夕食をしても5万ルピアだったが。今回同一レベルのレストランで初日にひとり食事をして11万ルピアかかったのには驚いた。後はずっーと安いレストランを使用した。なにを基準に高い安いを決めたかというとビールの価格です。レストランの入り口にあるメニューでビールの価格を見てひたすら安いところをさがした。ビール1本高いところは15000ルピア、おつまみ付きで18000ルピアなどというところもあった。安い方は8000ルピアぐらいだった。日本円で100円ぐらい。しかし諸般の物価がそうとう日本よりやすいバリ島で8000ルピアというのは地元の人にすればそうとう高いのではないかと感じた。

カモネギ

日本人ついてはカモがねぎをしょってきたという風に思っている観光関連産業の人が多い。レンタバイクを借りて東部をみてまわり、バイクを返した。事故に合うと面倒なことになるのでわざわざ保険をかけてくれるレンタバイクブローカーをさがして借りた。保険証にはUS50ドル以下の事故は免責と書いてあるのに、少しのきずにいちゃもんをつけ免責50ドルと書いたところを示し50ドル、50ドル、50ドル払えと言う。50ドルという数字だけを強調して脅してくる。こっちが何もわからないと思いデタラメを言っている。なにを言うかと取り合わないと25ドルだ10ドルだと値を下げてくる。そのうち50000ルピアだ、10000ルピアだと大幅にまけてきた。いっしょに警察に行こうと言うと、引き下がった。それだけ脅しておいてなんの反省もなく翌日、わびれもなくきょうも借りてくれと言う。「仮にバイクを借りることがこれからあっても脅し屋のあなたからは絶対に借りない。」と言ってやったらだまった。観光客は一過性だからなるべくたくさん不法にでもふんだくったほうが得だとかんがえているのだろうか、レンタルしただけでもちゃんと利益はえているはずなのに。

ウブド郊外のガネーシャの遺跡(ゴヤ・ガジャ遺跡)にいったときも「私は学生だガイドではない」という女の子がついてきて頼んでもいないのにいろいろ説明する。そして最後にはお金をくれという。ガイドではないし頼んでもいないとことわるとガイドではないからガイド料をくれと言っているのではない。お金をくれと言う。お礼ということだろう。たぶんガイドというものは資格がいりそれがないのにガイド料はとれない。しかしもぐりで稼ぎたいということなのだろう。

バリ島最高位のお寺ブサキ寺院に早朝バイクで行ったとき、やはり見習い僧のような人間がきて案内すると言う。おまいりしているある一角のエリアでそこのおばあさんといっしょにお参りをした、作法などを教えてくれた。そしていわゆるお布施をしろという。いくらぐらいかと聞くと50万ルピアだという。バカかよくそんなことがぬけぬけいえるものだ。まあいろいろ案内して、たぶん入場できないエリアで説明してくれたので5000ルピア出した。まったく不満そうであった。しかしかってにガイドの押し売りをしてこちらも同意はしていないのだからしかたがない。本来なら1ルピアも払わないところだ。

ガルンガン

これは日本のお盆のようなもので、バリ独特の暦、ウク暦で210日ごとに来るという。前日には竹で編んだたなばたのような、クリスマスツリーのような、ようするにタケザオかざりを各所で作っていた。レストランでも営業なんかそっちのけでウェーターが作っている。当日はみんな正装している。男子は頭を布でしばり、上着を着て、ズボンではなくスカートのようなものをはく。おまいりにいってからたぶんごちそうを食べるのだろう。その日はバイクで各所をまわっていたのだがところにより少しずつ服装が違ったりする。若い男性は集まりみんなでビールを飲み、ぼくにも飲めとふるまってくれる。

     

前日にはガルンガン用のさおを作る        ガルンガン当日にはごちそうになるにわとり

ガルンガン当日の朝は村の女性がお供え物を頭にのせて寺院に出かける

 

当日おとなのランダのみこし  と    こどものランダみこし。日本と同様家々を練り歩く。そしてご祝儀をもらう。正装も島内各地で少しずつ違う。これはウブド。

 

ウブドでは村の集会所が臨時のバーになる。特に若者で満員になり、ものすごい混雑。ビールをがんがん飲み、もうへたばりかけている娘さんもいる。ステージではアマチュア・バンドの演奏などで、はなやかになる。

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